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日比谷「派遣村」」
2009.1.5  鈴木俊彦


 年末から設営されていた日比谷公園の「派遣村」が、今日5日最終日を迎えた。気にはなっていたが時間がなく、この日の朝やっと出かけることができた。ボランティアセンターに届け出るほどのものではなく、私が参加する「9条改憲阻止の会」の仲間に会えば新年の挨拶もできるなと、野次馬のノリで出かけた。10時半テント村で先輩のM氏に会った。

「この年でお手伝いするのはちょっと面映ゆいですよ」「いいンだよ、いるだけで。人は多い方がいい」「ああ、賑やかしですね」(岐阜弁で景気づけくらいの意)

 リーダーがテント撤収のマニュアルをレクチャーし始めた。そしてそのまま近くのテントと格闘するはめになった。思わぬ出番ができたとはりきったが、勝手がわからない。

「そこ抑えて、そこ引っ張らないで」お姉さんがテキパキ指示してくれた。

「もたもたしていると、山なら遭難よ」どうも「山女」らしい。手順がよく理解できた。

結局三張片付けることになった。なんと三張目は、私が指示を出してたたんでいた。

 デモは霞門から出発するという。そこにはS達が集まっていた。大先輩のH氏はボランティアとして「皆勤賞」だったという。爺ぶっていたのが恥ずかしくなる。

 事務局のスピーカーからボランティアの終了が宣言された。この間の「村民」は399名、ボランティアは延べ1671名と発表された。そんな中、資材を運ぶレンタカーのトラックがあわただしく行き交っていた。

 1215分「村民」を先頭にデモが始まった。半年前のソウル支庁前広場からのデモの出発を思い出した。人の数はソウルにはかなわないが、東京のデモとしては「大部隊」だ。1000名近くいたように思う。ソウルに勝ったのは旗の数だった。各労組を始め様々な組織の旗が林立していた。東京は組織参加が好きなのだと納得した。宣伝カーが呼びかけるシュプレヒコールは、やたら長いなど吟味されていないようだった。

「政府は労働者派遣法を抜本的に改革しろー」私は「労働者派遣法を廃止しろー」とはしょった。「最低賃金をあげろー」と、ちょっとテーマが違うようなのもあった。

 我々のデモが国会に到着したのが13時前。議員たちが出迎えていた。これは請願デモであった。この議員の先生方にお願いするパターンは、60年安保の時から気に入らない。むしろ「こんな事態に至って申し訳ありません」と、先生方に頭を下げてほしい。

 民主党、社民党、共産党…そして公明党!? なんという図々しい政党だろう。「公明党は帰れー」と私は大声をあげた。「靴を投げたいね」とみんなで笑った。ブーイングは私だけではなかった。出迎えの野党の先生方は両手を高く振って歓迎してくれていたが、公明党の先生方はそのまま固まっていた。

 デモの後、議員会館で院内集会が予定されていた。集会への参加は「村民」達にお願いすることにして、私達は記者クラブの喫茶室で遅いお昼をとることにした。

「あれっ、ビールはないの?」Sの声がした。この日は快晴で、みんな喉が渇いていた。

渡部英宣様

新年会のご連絡、ありがとうございました。私なんぞまだ門外漢のようなものですが、図々しく参加させて頂きます。
よろしくお願い致します。

月曜日、日比谷の「派遣村」最終日にだけにちょっと出かけてきました。「尻尾を齧った」だけでおこがましいのですが、レポートを添付します。ご笑覧下さい。
土曜日には、イスラエル大使館への抗議に行く予定です。麹町の日テレの脇の大使館で、13;30〜です。
「女子供」が殺されている情報が、インターネットで流れてきます。
いつの間にイスラエルはナチスみたいになってしまったのでしょう。

鈴木俊彦

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