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母なる大地
遺伝子組み換え種子は、人類を破局から救う救世主と成りうるのか  前編
2009/05/27 高橋尚子


悪徳商人・越後屋モンサント?

 私の中のモンサント社のイメージは、「除草剤のラウンドアップと、それに耐性を持つラウンドアップレディーと呼ばれる遺伝子組み換え種子をセットにして農民に売りつける小ずるい商法で高い収益を上げている悪徳商人」というもので、正直、かなり悪かった。その為、モラル会の5月例会で日本モンサント社が「遺伝子組み換え農作物の安全性」について話をすると聞いた時、私は密かに「こんな姑息な手でボロ儲けしている企業から、私達を洗脳しようとやってくるのは、きっと鼻息が荒いテカテカした中年おじさんに違いない。」と決めつけていた。

 そんな偏見に凝り固まった私の予想に反して、例会の会場で出会ったモンサント社の講師は、とても堅実そうな清潔感溢れる美しい女性だった。パワーポイントを用いた分かりやすい講義で、ラウンドアップや遺伝子組み換え種子の安全性を一生懸命に説明してくれた。その為、私のモンサント社のイメージは一挙に改善されたと言ってもよい。しかし、私が会場に来る前に持っていた、一見、一方的とも思えるモンサント社の悪いイメージは、全く根拠の無いものではない。アメリカのモンサント社は、遺伝子組み換え技術に不安を持つ農民や消費者の心配に全く配慮のない傲慢な商売を続けた為に、環境保護団体やメディア、農家から反感を買ってしまった過去を持つ。遺伝子組み換え作物に対する反対運動を助長してしまい、ヨーロッパでは「遺伝子組み換え食品廃絶」の嵐が吹き荒れた。結局、遺伝子組み換え作物に反対する人々との戦いに敗れ、自らが起こした失敗も重なり、モンサント社の株価は下がり続け、最終的にはスウェーデンの製薬会社に買収・吸収されてしまった。

新生モンサント登場!

 そんな苦い経験を経て、今回、モラル会にやって来たのは、以前のモンサント社からは一線を画した「新生モンサント社」だった。以前のような傲慢な態度は影をひそめ、「遺伝子組み換え種子を使って、農作物の収穫量を上げ、多種多様な分野との連携により、限りある資源を有効に使い、共に輝かしい未来を築いていきましょう」と結んだ。こんな話を聞いてしまうと、私のような一般市民は、「遺伝子組み換え種子は素晴らしい。遺伝子組み換え作物を沢山作って、世界を飢餓から救おう。」などと単純に思ってしまう。でも、ちょっと待った!これでは、話があまりにも甘すぎるぞ。

私が「遺伝子組み換え種子による農作物増産が地球を救わない」と思う3つの理由

 増え続ける人口を養う為に、作物の収穫量を増やす遺伝子組み換え種子の必要性を訴えるのは、モンサント社を始めとする多くのバイオ企業が使うお決まりの手口だが、現在、世の中に出回っている食物の量は、地球の全人口を養うのに必要とされる量の1.5倍あると言われている。それでも、まだ、飢餓が存在するのは、ただ単に作物の量の問題ではない。もっと複雑な問題が絡み合っている。もし、モンサント社が乾燥に強い遺伝子組み換え作物の種子を開発し、その種子をアフリカで広めることに成功したとしても、アフリカを政治の混乱や内戦、ジェノサイド、飢餓から、救うことが本当に出来るのだろうか。政府レベルで白昼堂々と不正が横行する多くのアフリカ諸国では、収穫量を劇的に上げる夢の種子が、結局は一部の特権階級に独占されるだけではないだろうか。収穫された作物は高値で買い上げる先進国に流れていき、現地住民に行き渡ることはないように思う。

 また、私が以前に読んだ、「Collapse : How Societies Choose to Fail or Succeed」という本は、遺伝子組み換え種子がもたらす近未来を思い描く為のヒントを提供してくれた。この本の著者で、生物地理学者のJared Diamondは、過去に滅びていった文明を分析し、自らが招いた環境破壊が気候変動などによって助長され、文明が崩壊していった過程を浮き彫りにした。気候は大きなサイクルで変動し、良くなったり(温かくなったり)、悪くなったり(寒くなったり)する。気候の良い時には、もちろん作物の収穫量は増える。それに合わせて人口も増え、文明も発展するが、気候が悪くなり、作物の収穫量が減ると、増えてしまった人口を支えて行くことが出来ずに、その文明は滅びて行く。これと、似たようなことが、遺伝子組み換え作物にも当てはまるのではないだろうか。遺伝子組み換え農作物をジャンジャン作り、収穫量を上げていけば、それに合わせて世界の人口も増えていく。たとえ、遺伝子組み換え技術がもの凄い勢いで進化して、無限に収穫量を増やすスーパー種子に変身したとしても、それに合わせて増えていった人口は、家も欲しい、車や冷蔵庫、洗濯機も欲しい。石油の消費量は増え続け、二酸化炭素はどんどん排出され、逆に資源は枯渇していく。遺伝子組み換え種子によって、もたらされる収穫量の増加は、ただ単に、人類がひた走っている破局への道のりを、もっと短くするだけではないだろうか。

 また、遺伝子組み換え種子による農作物の増産には、もう一つ、落とし穴がある。実はアメリカでは、遺伝子組み換えトウモロコシを作っていて、儲かっている農家はないと言われている。これは、実に単純な話で、要は需要と供給のバランスの問題だ。遺伝子組み換えトウモロコシの種子を植えれば、確かに収穫量は上がる。しかし、それに合わせて需要も上がらなければ、トウモロコシの値段は下がってしまう。まさに、この現象がアメリカの農村では起きている。トウモロコシを作れど、作れど、トウモロコシの価格は下がっていき、農家の暮らしは困窮していく[1]

その上、農家は遺伝子組み換え種子を買う時、プレミアムを支払っている。要するに、在来種子の値段よりも、かなり高い価格で遺伝子組み換え種子を購入しているのだ。そして、遺伝子組み換えトウモロコシ対応の高価な農機具を借金して購入した農家には、更なる経済的困窮が待ち構えている。実際に、多くの農家が政府からの助成金で何とか生き延びてはきたものの、ちょっとした弾みで自己破産に追い込まれ、農地を手放し、農業を後にしている。結局、このシステムで得をしているのは、遺伝子組み換え種子を高値で売りつけるバイオ企業と安い遺伝子仕組み換えトウモロコシを加工して商品価値を上げ、これまた高く売りつける一部の大企業だけだろう。

次回に、続く.....


[1] 昨年、一時的な穀物相場の高騰が紙面を賑わせた。穀物価格の高騰により、高収入を得たアメリカの農家がベンツに乗っているという話まで飛び出した。しかし、これは、金融危機により、行き場を失った金融マネーが、先物市場に流れ込んだ為に起きた現象で、穀物が物質的に異常に不足している為に、穀物相場が高騰した訳ではない。昨年7月中旬から、一時的な小反発はあったものの、穀物相場は値下げに転じている。
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